「なりそこない」がちょうどいい!

私、デスパパがシンプル、子育て、ダイエット、節約について書いてるブログ。

ミニマリストになって、さらにストレスを感じてないだろうか?物を減らす事への執着は毒

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生活を快適に、過ごしやすいように改善するために

ミニマリストになったりする。

ミニマリストに限らずだ。

ダイエットも痩せて今の状態より

良い状態をめざす。


ただ、間違った方向へ進んでいくと

苦痛を感じる生活が待っている。

 

今回のテーマ

 

何のために、ミニマリストになるのか

 


ミニマリストや、ミニマリストになろうとしている人、

僕もこの中に入る。

ミニマリストになろうとしている人の部類に入るかもしれない。

だからなのか、ミニマリストという人たちの行動に時たま

違和感を感じる時がある。


なぜ?どうして?


という行動。


なぜそんなに物を捨てたがるのか?

なぜそんなに窮屈な生活を試みているのか?

なぜそんなに物に対して嫌悪感を抱くのか?


家庭で一人だけミニマリストになった。

それも急に、突然ミニマリストになった、そんな人も見る。

最初からミニマリストなら同居人も納得の末一緒に住んでいるのだろうが、

急に自分だけミニマリストになり、同居人はミニマリストじゃないので

モノの考え方や、生活のルールなどが

急に変わってしまう。変わってしまうというか、ミニマリストが急に決めるルール。

それに従えとばかりにミニマリストは気持ち錯乱気味に同居人に指示を出す。

気持ち錯乱気味になるのは「モノに対しての嫌悪感」から。

これでは快適な生活、ノーストレスを目指すためになったミニマリストが

そうではなくなっている。


ここで最初に行った僕はミニマリストなのかミニマリストになれてないのかと言う話。

どうなればミニマリストなのか?という疑問も持っていた。

所持する物が何個以内であればミニマリストですよと言う、

そういう線引きもない。

でも、この、本当に快適な生活、ノーストレスを確率した人こそが

ミニマリストなのかもしれない。

 

「ミニマリストってなんかかっこいいよね!」

物が少ない部屋で生活をする人に憧れを持つ人も多い。

その憧れの部屋を目指すために、とりあえず物を捨てる。

一日一捨、とりあえずあの憧れの部屋を目指すために

捨てるものを探す日々。

この物を捨てる日々の末に、本当に快適な生活を手に入れれるのだろうか?

ノーストレスを確立できるのだろうか?

捨てる事にだんだんストレスを感じていないだろうか?


べつに、ミニマリストにならなくてもいいと思うのだ。

快適な生活、ノーストレスの生活を過ごせれるようになれば、

別に物が沢山あってもいいと思う。


世間でミニマリストとして確立した人たちは

快適な生活、ノーストレスを目指した結果の

ミニマリスト、という人も多いのではないだろうか?


今ミニマリストを目指している人、本当にミニマリストが自分に合っているのだろうか?

ひょっとしたらマキシマリストの方が合っているかもしれない。

 

僕は自分ではミニマリストの方が合っていると思う。

僕はミニマリストを目指したわけでなく、

快適な生活、ノーストレスを目指した末に、ミニマリストっぽくなった。

物を減らした理由もある。

物が沢山あると処理が出来ない。処理能力が落ちる。

そういう理由で物を減らしていった。

要らないモノを捨てるという事より、大事なモノを残すという事を

一番に考えている。

だから毎日毎日物を捨てるわけではない。

この記事を書いて解った。僕は快適な生活、ノーストレスを実感している。

だから僕もミニマリストに一歩さらに一歩近づけているのかもしれない。

 

部屋に物がない、憧れのミニマリストでも

その物がない生活に苦悩したり、ストレスを感じていれば

その人はミニマリストではない。ただのやせ我慢の人だ。


ミニマリストとは必要最小限のもので生活して、

さらに快適な生活を送れている人が本当のミニマリストだと思う。

 

 

とりあえずここまで!


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