ミニマリストの「なりそこないがちょうどいい!」

整理することで解決することがあるかも?「なりそこない」くらいが丁度いい!

ミニマリストとスピリチュアル。なぜ結び付けられてしまうのか?

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ミニマリスト。ミニマルな生活を勉強していると

どうしても「スピリチュアル」という問題になる。

ミニマリストは少し「スピリチュアルな匂い」がする。

「スピリチュアル」とは霊的、宗教的と考えればいいのだろうか?

ミニマリストはなぜ「スピリチュアル」を匂わせてしまうのか?


今回のテーマ

 

ミニマリストとスピリチュアル

 

原点に戻ってみよう。

ミニマリストとは何か?

ミニマリストは必要最小限の物で生活をする人の事。

日本ではそうだが、海外だともう少し違う解釈になる国もあるだろう。

日本で流行った言葉、「断●離」を武器に、要らないモノを処分していき、

数少ない物で生活している人が「ミニマリスト」と言えるだろう。

「ミニマリスト」はモノだけではなく、効率主義にもなりつつある。

効率の悪い物は「不必要な物」と判断しそれも省いていく。

人間関係の「断●離」なども行う人もいる。


これを読んだミニマリストの中で「私は違うよ!」と言う方も要るかもしれないが

これはあくまでイメージ。

そう、ミニマリストにもいろんな種類がいるのだ。


極端にモノを減らしていくミニマリストもいれば、

物に執着しないで快適な生活を目指すミニマリストもいる。

僕は自分では効率を一番として考えるミニマリストだと思っている。


どのミニマリストにも言える事が一つだけある。


ミニマリストはスケールの大きい話が出来ない。

ミニマリストが一番発する言葉は「モノを減らしましょう」

「色んなモノを持ちましょう」ではなく「モノを持たないで」と言っている。

モノを持つことには経済的に出来ない場合があるが、モノを持たない事に経済的問題はない。

大きな家に住みましょう!ではなく、ワンルームの部屋の方がいいとか

服もいろんな服をたくさん着まわそうではなく、制服かしようとか

スケールを小さくしていくのがミニマリストなのだ。


ミニマリストは物理的に誰にでもなれる。

家から何も持たないで、スマホや財布、鍵とかを持たないで出た時点で

ミニマリストなのだ。

物を持たないで自分のカラダ一つになる事は物理的に難しくないのだ。


この物理的に簡単というのがミソである。

物理的に簡単だけど、精神的に難しい。

この精神をコントロールできるのがミニマリストなのだ。

実は物を持たない、ミニマルな生活を送るには「精神」が大事なのだ。

物を持たないと人は「不安」になる。

この「不安」を抱かないと言う、「精神コントロール」が少し、

「スピリチュアル」に感じるのであろう。


ミニマリストじゃない人が「物を捨てて行こうよ」「必要ない物を持たない方がいいよ」

と言われて、少しだけ「恐怖」を感じるのではないだろうか?

「いや、ほっといてよ」「この生活で満足しているんだから」

そう思う人もいるし、なんなら少しミニマリストを「バカ」にする人もいる。

「あんな何も持たない生活で何が楽しいのだろう?」と。

ミニマリスト以外の人にとって、ミニマリストは「理解しがたい人間」なのだ

それなのに「ミニマルな生活」を押し付けていく人もいる。

家族内ではこの「ミニマルな生活」の押し付けはよくある話だと思う。

親子ならどうだろう?

親に「モノを減らした言った方がいいよ」と言い続けると、親は

「遺品整理でもさせられているのでは?」と恐怖を感じるという話を聞いたこともある

「ミニマルな生活」の押し付けは「恐怖」を生み出す場合もある。


ネットなどでは「ミニマリストになって、生活が豊かになった」

などと発信してしまえば、もうこれは「怪しさ」しかない。


ミニマリストとはそれほど発信する内容がそもそもないのだ。

簡単に「必要な物だけで生活しましょう」とこれだけなのだ。

これに少し色を加えて色々発信することで、「怪しさ」「恐怖」を生み出してしまう。


僕も自称「ミニマリスト」でこのブログを書いている「発信者」だ

ミニマリスト以外の人も読んで「怪しさ」「恐怖」を生み出さないように書いてはいるが

これらを感じる人もいるかもしれない。

なるべく「精神論」の話ではなく「物理的」な内容に力を入れていきたいと思う。

 

とりあえずここまで!


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