「なりそこない」がちょうどいい!

私、デスパパがシンプル、子育て、ダイエット、節約について書いてるブログ。

必要「最」小限主義の生活は快適な生活とは繋がらない。ミニマリストにこだわる必要性

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ミニマリストの絶対的定義は「必要最小限主義」だ。

色んなミニマリストがいるが、

ここは絶対にはずせないところである。

必要最小限な物で生活をする。

これよりも「快適な生活」を優先してはダメなのだろうか?

快適な生活のために必要最小限主義の枠から外れる事を


今回のテーマ

 

必要最小限主義と快適な生活のバランス


僕は快適な生活を目指していき、

結果ミニマリストになった部類だ。

探し物の時間を減らす。

気が散るものを手放す。

その結果今の生活だ。

だから「物を減らす」と言う事が主体ではなく、

「快適な生活」を主体にしている。

だから快適な生活のために必要な物は増やす。


ミニマリストが買い物をする時に問い生じるか?

「快適な生活のために物を買いたいが、

これは必要最小限主義に反するか?」

僕はここまで考えないけど、

こう考える人がいるのだろうか?

これを問い始めてしまうと、もう何も買えない状況になってしまう。

実際ここまでのミニマリストも多いと思う。


「必要最小限主義」をとるか、

「快適な生活」を取るかだ。

ミニマリズムにこだわりを持つ人は「最小限主義」を取る。

だが、「快適な生活」を選んだ人は

ミニマリストではなくなるのであろうか?

「必要”最”小限主義」ではなくなるのは確かだ。

はい、もうミニマリストではありませ~ん!となるのか?


「必要”最”小限主義」から外れたらミニマリストではなくなるのか?

この問いに一つ疑問がある。

「何に対しての必要最低限なのか?」。

生きると言う事で必要な物を所持するのか、

豊かな生活をする上で必要最小限な物を選べばいいのか。

娯楽なども豊かな生活をする上で必要だ。


もし、ミニマリストの定義が豊かな生活をする上での

「必要最小限」であれば、すごく緩い条件になる。

自分にとって必要な物だけで生活しているのであればミニマリストだ。

「ゴミが宝物なんだ」という人にとってそれが必要な物であれば、

この人がミニマリストだと名乗っても誰も文句は言えない。


部屋が空っぽの人と、ゴミ屋敷で住んでいる人。

どちらも「自分の必要最小限な物で生活をしているんです」

と言ってしまえば、どちらもミニマリストとして成り立ってしまう。

そう思うと「豊かな生活をする上での必要最小限主義」は

少しミニマリストにとって邪魔なのかもしれない。


「豊かな生活をする上での必要最小限主義」となると

ミニマリストのハードルが下がるが、

「生きていく上で必要最小限主義」のミニマリストってあまり見ない。

ネットなどで見るミニマリスト達も何かしら

「娯楽」の用品を持っていると思う。

少なからず、パソコンやスマホを所持している時点でそうである。


「生きていく上での必要最小限主義」の人は

僕らの前に姿を現さないであろう。

おそらくミニマリストとしての正体も隠しているのではないだろうか?

ミニマリストという肩書すら捨てて、

普通の人と名乗っているかもしれない。

ミニマリストに憧れる人はどのミニマリストになりたいのか?


結局、ミニマリストって「肩書」でしかない。

動画一本挙げれば「youtuber」だし、

バッターボックスに立てば「バッター」。

ゴールポストの前に立てば「GK」だ。

ミニマリストもそんな感じなんだ。

「物を捨てるゴッコ」「ミニマリストゴッコ」でもしておけば

「ミニマリスト」になれるわけだ


「物を捨てるゴッコ」をすればミニマリストとして名乗れるほど

ミニマリストは簡単だ。

釣りをすれば「釣り師」だ。

だが、この「釣り師」の奥が深い。

「釣り師」の中でも

「お前みたいなひよっこが釣り師なんて言えるか!」

という事もあるだろう。

簡単にミニマリストにはなれるが、なったら奥は深い。


ミニマリストにこだわる必要はない。

ミニマリストを名乗ってなくても、

必要最小限で生活してる人もいる。

必要最小限でしか生活できない人もいる。

ミニマリストとは「肩書」に過ぎないのだ。

難しい事でもなく、偉くもなく、ただ名乗っているだけなのだ。

だったらなりたい人は名乗っちゃえばいい。


とりあえずここまで。


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