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「見て覚えろ」という仕事の教え方。この仕事の教え方の意味は?

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仕事の話になるのだろうか?

仕事なんて一年もしたら教える側になる。

言ってしまえばもっとはやい。

一か月先に職場に入った人が新人を教える事もある。

大体の人が教える側になる訳だ


仕事を教えるのってすごく難しい。

 

今回のテーマ

 

 

「仕事は見て覚えろ!」という考え

 

 

時代的に暇はないのだろうか?

「見て覚えて」

これにはどんな効果があるのだろうか?


「感覚の話」だなとは解る。

例えばお寿司屋さん。

食材には触らせてもらえず、ひたすら先輩が握るのを見て覚える。

そんなイメージがある。

このイメージもひょっとしたら古いイメージかもしれないが。

新人は雑用の合間に先輩が握るのを見る。

寿司を握るのを教えるのは難しいのだろうか?


たとえば、ネタを切る寸法を教えてはダメなのだろうか?

厚さ何センチ、幅何センチ、横何センチとか教えてはダメなのだろうか?

シャリの重さは大体何グラムで、米粒の数は大体5000粒とか


こういう教え方はだめなのだろうか?

見て覚えろ!というよるはるかに解りやすいと思う。


この「見て覚えて」というセリフにはどんな意味があるのだろうか?

ただ単に仕事を教えるわけではなく、業界の厳しも教える意味で

「見て覚える」という事を言っている場合もあるかもしれない。

何も教えてもらえず、見てるだけというのも辛い修行だ。

握りたいのに握れない、この欲求が仕事の欲求につながるとなれば、

「見て覚えろ!」という教え方は効果的なのかもしれない。


先ほど言ったが、「見て覚えろ」というのは昔のイメージが強い。

昔は景気が良かったのか、「見て覚えろ!」と言って、

寿司を握らせずに、従業員を立たせておくというほど経済的に

余裕があったのか?

今の時代だと「即戦力」が大事で、ちょっとでも仕事をしてもらいたい

そういう考えが多いのではないだろうか?


子供の数も減っている。職人も減っていき、色んな業界の規模も

小さくなっていく。

「見て覚えろ」と厳しい教え方をして

本物の職人になって行く人が少なくなっていくのは

業界によって致命的だ。

そういうのもあって「見て覚えろ」という教え方も

少なくなっているのかもしれない。

 

先日、子供に「ひっ算」を教える為に

計算の仕方を「見て覚えろ」と言って見せた。

見事に解らない様子だった。


だからと言って、大人の教え方を子供にするともっとわからない。

この「見て覚えろ」には業界の厳しさを教える為だけじゃなく、

他に何かまだ理由があるとおもう。

新人の頃に先輩に「なんで見て覚えろ!って言うんですか?」

なんて聞く人はいない。ただただ言われた事に従うだけだ。

でもなんで「見て覚えろ」なんていうんだろうか?

教えてくれてもいいじゃないか。


かっこつけてるのか?


それもあるかもしれない。


腕に自信がある人は仕事を見られても全然平気だろう。

寧ろ見て!ってくらいだろう。

でも腕に自信がない人は作業を見られるを嫌がる。

経験ないだろうか?作業してるのを横で見られる嫌悪感を感じる事を

(あ~この人はこんなチマチマした方法で仕事してるのか~)

なんて思われているんじゃないだろうか?なんて思い始めたら

素直に動く指も動かなくなる。


でも「見て覚えろ」という人にはその迷いがない。

完璧な仕事をしてるから言えるのだ。

寧ろ言葉で教えるより身になるものを見せてくれている。

技術に自信がある人が言えるセリフ「見て覚えろ」となる訳だ。


自分の腕に自信があるのであれば、「見て覚えろ」と言っていいのかもしれない

だけど、自分の腕に自信がない人は「見て覚えろ」とは言ってはいけない。


ひょっとしたら新人に陰で笑われているかも


とりあえずここまで!


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